ボルボ240ターボがヨーロッパのレーストラックを制覇して30年
2015.10.09 | 企業情報

1985年はモータースポーツの世界で、ボルボにとって黄金の一年となりました。「空飛ぶレンガ(flying brick)」と呼ばれたボルボ240ターボがヨーロッパツーリングカー選手権(ETC)の総合タイトルを獲得し、ドイツのツーリングカー選手権(DTM)でも総合優勝を収めたのです。

1981年にファミリーカーである240にターボエンジン搭載モデルを追加発売したことが、ボルボにとってこれまでにない新しい市場が開くきっかけとなりました。ボルボは安全で耐久性が高いだけでなく、速くて、乗って楽しいということも実証されたのです。ターボチャージャーを付けたパワフルなB21ET 2.1リッターエンジンは155hpを発生し、このエンジンを搭載した240ターボは0-100km/h 加速9秒、最高速度195km/hを実現しました。240ターボエステートは、当時世界最速のステーションワゴンでした。

1982年には、新たにインターナショナルグループA規定が導入され、レース車両は組立ラインから直接ラインオフすることになり、モディファイの範囲も制限されました。グループA規定に沿ってレースをするには、毎年、当該モデルタイプの車を5000台以上製造することが義務付けられました。座席は4座以上で、最低重量もエンジン排気量によって定められました。この規定はボルボ240ターボに完全にマッチしていました。

また、規定は500台以上のいわゆるエボリューションモデルの製造も要求しており、それが240ターボエボリューションの誕生の所以になりました。1983年7月にはその500台が米国に集結し、一方は西海岸、一方は東海岸のふた手に分かれて、車両の認証に関する検査を受けました。このモデルはさらに大径のターボを搭載し、改良されたエンジン制御システムとウォーターターボトラクション(インテークに水を噴射する、ボルボが開発特許を持つテクノロジー)が搭載されていました。

1984年が240ターボのグループAレース本格参戦最初の年になりました。ボルボはコンストラクターとしてレギュレーションに合致したレーシングカーを製造し、レースは独立したチームが担当しました。参戦1年目は2度の勝利を収めました。スウェーデン人のウルフ・グランベルグとロベルト・L・クヴィストがベルギーのゾルダーのETCレースで勝利し、DTM最初のシーズンでも同じスウェーデン人のパー・シュトレソンがドイツのノリスリンクで開催されたレースで勝利しました。

1985年になるとボルボはレース活動を拡大し、2つのチームとファクトリーチーム契約を結びました。ローバー、BMWなどのライバルに勝つだけでなく、チーム間で相互に競わせることを意図したものでした。

スイスのエッゲンバーガーモータースポーツのチームは、ボルボ・ディーラーチーム・ヨーロッパの名前でETCに参戦。ドライバーには、スウェーデン人のトマス・リンドストローム、西ドイツ出身のジギ・ミューラー、イタリア人のジャンフランコ・ブランカテリ、ベルギー人のピエール・デュドネがいました。

もう一方のETC参戦チームはスウェーデンのマグナムレーシングで、ウルフ・グランベルグ、アンデルス・オロフソン、イングバル・カールソンをドライバーに擁しました。

また、それらに加えてDTMにはIPSモータースポーツが参戦しました。初期のシーズンには、パワーやハンドリングを強化した新しいレースカーをパー・シュトレソンに提供しました。当初はライバルも観衆も、四角いボルボを真剣に受けとめようとしませんでした。しかし、少し後にその「空飛ぶレンガ」が、はるかに大きなエンジンを積んだローバー3500 V8やBMW 635を相手に、その競争力の高さを証明したのです。

レース仕様のボルボ240ターボはシリンダーヘッドがアルミ製で、ピストンやコネクティングロッド、クランクシャフトは鍛造となっていました。そして、燃料噴射には特注のボッシュKジェトロニックシステムと最大過給圧1.5barのギャレット製ターボチャージャーを搭載。それらにより、2.1リッターエンジンで300hpの出力を発生し、トップスピードは260km/hを誇りました。

ドア、ボンネットなどの取り外し可能なボディパーツはすべて量産車より薄く、軽量な鋼板を使用しました。リアアクスルは6kg軽くし、ブレーキには4ピストンのキャリパーとベンチレーテッドディスクを取り付けました。高速給油システムでは、120リッターのハイオクガソリンをわずか20秒で給油することができました。

1985年10月13日、ポルトガルのエストリルサーキットでのレースが終わり、最終結果が出ました。ボルボは14レース中6レースに勝利し、リンドストローム/ブランカテリは圧勝でETCシリーズ全体のタイトルを獲得したのです。さらに、パー・シュトレソンもドイツのDTM選手権で優勝1度、表彰台5度の成績を収め、チャンピオンに輝きました。

ETCとDTMでは不足とばかりに、ボルボは1985年にフィンランド、ポルトガル、ニュージーランドのツーリングカー選手権にも勝利しました。さらに、右ハンドル車の240ターボも同年のスコットランドラリー選手権でもチャンピオンシップを獲得しています。

1985年のタイトル獲得30周年を前に、1980年代のボルボのグループAでのサクセスストーリーへの関心が高まり、8月には、イェーテボリで開催された世界最大のボルボのオーナーズミーティング、VROMにおいて祝典が行われました。